チュク チェプ
作者のことば 辻角元(つじかどはじめ)
この絵本は、目でみて、読むだけではなく、声に出して自分なりのリズムで語る「読み聞かせ」を楽しんでほしいと思いながらつくりました。音の世界が加わることで、読む人も聞く人も、このサケの物語を一層身近に感じてもらえれば嬉しいです。
絵本のテーマは心の豊かさです。私たちは今、昔に比べればとても便利で快適な生活をしています。ですがこの生活が、一方で自然環境にダメージを与え、破壊してきたことも事実です。
また社会の効率化のために均一性が求められ、地域の固有の文化を消滅させてもきました。
これらは全て、人が豊かさを求めた営みの結果です。しかし、心の豊かさを手に入れたようには見えません。
人は昔、自然の現象に神の裁量を感じ取り、これを恐れ、敬い、祈りをささげることで、自然の恵みを人にもたらしてくれる神に感謝する心を強く持っていきました。
アイヌの人達は、動物や植物、火や水のほか、生活用具など、人間が生きていくために必要なものなどをカムイ(神)として敬い、カムイ(神)と人間はそれぞれがお互いを支えあって生きるものであり、人間は自然世界の一部として、そこに住まわせてもらっていると考えていました。
私はこうした自然環境と共存するアイヌの文化にこそ、心の豊かさの源が隠されているのではないかという気がします。
これからもアイヌの文化への尊敬と親しみを感じつつ、絵本をつくっていきたいと思っています。
解説
秋になると川を遡上してくるサケは、アイヌの人たちにとって重要な食糧資源のひとつでした。サケは生まれた川に戻ってくることが知られており、昔は秋になれば各地の川にたくさんのサケが遡上しました。その様子は物語で次のように表現されます。
| ペチウオロソ カ | 川面の上の |
| ノカラ ワ | 様子を見張るれば、 |
| チエプルプ トパ | 魚の群は |
| カンナ チエプルプ | 上ゆく魚の背鰭は |
| スクシ チレ | 天日に焦げ |
| ポクナ チエプルプ | 下ゆく魚の腹鰭は |
| スマ シル | 川底の石に磨するる程なるを |
(『アイヌ叙事詩 神謡・聖伝の研究』より
しかし、年によっては不漁のこともあったようで、このため各地で漁の吉凶を自然の変化で占うこともおこなわれていました。この物語に出てくるようにエゾノコリンゴの花が多く咲くと豊漁(道東)、あるいはガンが弓なりの列を組んで飛来すると豊漁(道北)など、各地にサケの漁を占う伝承が残されています。
また、アイヌの人たちは、物語にもみられるようにカムイモシリ(カムイの世界)にはチェプコロカムイやチェパツテカムイなどと呼ばれるサケを司るカムイがいて、そのカムイがアイヌモシリ(人間の世界)へサケをおろすと考えていました。物語などでは このカムイが持っている大きな袋や蔵(この物語のなかでは、「かご」と表現されています)の中にサケが入っていて、そこから人間界に流れ出たり、あるいはカムイがサケの骨やうろこをまくとそれがサケになって川を下ったりすることになっています。
さて、この物語自体は創作ですが、モチーフになっている物語があります。フクロウやテン、狩猟のカムイなどが主人公となって、人間界に起きた飢餓を救うお話です。物語のジャンルとしては、おもにカムイユカラ(メノコユカラ)というもので、カムイが主人公となって語られます。知里幸恵さんが著した『アイヌ神謡集』にもお話が載っていますので、概略を紹介しましょう。
ユクコロカムイ(シカを司るカムイ)とチエプコロカムイ(サケを司るカムイ)が、人間の世界にシカとサケをおろさなくなったため飢饉になりました。そこで、年をとったフクロウのカムイが見かねて両カムイのもとへ使者としてカワガラスを送りました。カワガラスが帰って来て言うには、それぞれのカムイは、人間がシカやサケを捕っても粗末に扱っているので、怒っておろさなくしたということでした。フクロウのカムイは夢で人間にそのことを教えたので、人間も態度を改めてシカやサケを丁寧に扱うようになりました。カムイ達も喜んでたくさんのシカやサケをおろすようになり、人々は安心して暮らせるようになりました。それを見届けたフクロウのカムイは、天へ帰って行きました。
アイヌの人たちにとって、自然の恵みはカムイからもたらされるものでした。その恵みを粗末に扱うと報いは必ず訪れると考えられていました。この物語を読んで、アイヌの人たちのカムイや自然に対する考え方について少しでも触れていただければ幸いです。