ちいさなくまのカムイのおはなし

作者のことば 鈴木隆一(すずきりゅういち)

大学2年生の時に初めて北海道平取町二風谷を訪れて以来、アイヌ文化と二風谷に住む人達の人柄に惹かれて、とうとう移り住んでしまいました。
動物でも植物でも、ただの食糧とするのではなく、神の国から遊びに来てくれたお客さんとして大切に扱ってきたアイヌの人達。そこから生まれる食物(自然)への感謝の気持ち。この絵本がそうしたアイヌの人達の優しさに触れるきっかけに、ちょっとでもなればと思います。
絵本作成にあたり、お忙しい中、時間をさいて助けて下さった方々に感謝申し上げます。

解説

この絵本はカムイ(神)である仔グマの目を通してアイヌ(人間)とカムイとの交流を描き、自然の恵みをもたらすカムイをどう捉えていたかを伝えています。「神」と訳しましたが、カムイとは、動植物や火や水など人間が生きていくのに欠かせないもの、病気や雷など人間の力の及ばないもののことをいいます。自然に依存する生活の中では海や山でとったものが食糧でした。そのなかで自然に対し感謝し畏れ敬う考えが育まれ、カムイと人間とがお互いに関わりあい、お互いを必要として成り立っているという世界観が生まれたのです。この「お互いを必要とする」ことについて考えてみましょう。人間はカムイの贈り物である食糧や水がなければ生きていけません。しかし、カムイにとって人間は必要でしょうか。アイヌ民族は、カムイを大事にすることで必要とされると考えたのでしょう。
この絵本のベースになっている動物の「霊送り」は、そういった意識に基づいています。儀礼の考え方については地方差や個人差がありますので、一般に共通する範囲で説明します。

【P1~6】
さて、最初の場面は伝統的なヒグマ猟を描いています。猟は初冬から早春にかけて行われ、主に冬ごもりしている成獣が対象となりますが、穴の中に、1、2月頃に生まれた仔グマがいた場合、仔グマは連れて帰りコタン(村)で育てます。親グマは、その場で一定の作法にのっとって解体され、厳かに霊魂を神の国へ送ります。
クマは、神の国では人間と同じ姿をしていますが、人間の国へ行きたくなるとクマの衣装をまとって出かけるので、クマの姿に見えるのだといいます。人間への贈り物として毛皮や肉を持って来るのだと考えられていますので、弓矢で射たりしても、決して殺したり命を奪うという認識ではありません。猟に行くことは「お迎えに行って肉や毛皮を受け取る」ことで、解体は「衣装を脱がし、霊魂を肉体から解き放つ」ことなのです。

【P7~14】
仔グマは、大きくなって親元へ帰るまで預かったのだと考えられ、家の中で大事に育てられます。ある程度大きくなったら、屋外に家の主人がいつも見守ることができる位置に檻をつくります。

【P15~24】
仔グマは1、2年目の冬に、霊魂を神の国へ送ります。これが飼育した動物の「霊送り」で、イオマンテ(イヨマンテ)と呼ばれ、本書では「おわかれかい」と表現しました。親元に帰すことを仔グマに告げたあと、儀礼はエカシ(長老)の祈りによって始まります。コタンを訪問してくれたことへの感謝と、無事に神の国へ着くこと、そして再訪を願うのです。仔グマを檻から出し、花矢で遊ばせた後、とどめをさし、親グマと同じく一定の作法にのっとって解体し、家の中の上座に安置します。すると、仔グマの霊魂は眠りからさめ、ご馳走を前に歌や踊りやユカラ(英雄叙事詩)を楽しむのだといいます。

【P25~28】
干鮭や団子など、お土産をたくさん持たされた仔グマは、立派な着物を着せられ、魔を払う清めの花矢を道案内に、神の国へ旅立ちます。神の国で親に再会し、神々を招待して、もらったお土産をふるまい、人間の国の素晴らしさを話すのだといいます。他の神々は、その話を聞いて自分も人間の国を訪れたいと思い、仔グマもまた会いに行きたいと思っているのだそうです。これが最後の場面です。なお、旅立つ姿や神の国での姿は人間と同じ姿だと考えられていますが、本書ではクマの姿のままで表現しました。仔グマが着ている着物は「おわかれかい」のときに着せられるものです。

また、イオマンテはヒグマだけでなく、シマフクロウやキタキツネもその対象でした。かつて、実態があまり理解されないまま「熊祭」と呼ばれ、クマは神への捧げものだと誤解されることもありましたが、本書を通して、クマ自身がカムイであることを理解していただけたと思います。また、スーパーに並んだ肉を買って食べる私たちにとって、動物の霊魂を送るときに自らの手で絶命させることが、一見残酷に思えるかもしれません。しかし、アイヌ民族が、どれだけカムイを大切に思って接していたかを知れば、食べ物が粗末にされている現状と比べて、はたして残酷といえるでしょうか。
このような儀礼は民族をめぐる環境の変化や時代の変化によって伝承が途絶えたものもあり、再現や継承が難しくなっていますが、この絵本を手にすることによってアイヌ民族の世界観を知っていただければ幸いです。