パナンペとペナンペ うみのカムイによばれる

作者のことば くすもと かつこ

この絵本は、上田としさんというおばあさんがアイヌ語で語った物語を短い日本語にしたものです。おばあさんはアイヌ文化を広めるため、晩年まで努力を続けた方でした。その思いが、この本を通じてたくさんの子どもたちに伝わることを願います。

作者のことば きたはら じろうた

このお話は、イナウとヌサのはじまりを語ったものです。イナウは木を削って作ることが多く、カムイがいちばんよろこぶおくりものです。ヌサは、イナウをまとめて立てた大切な場所です。クマなどのカムイは、動物のすがたになってアイヌの所へ肉や毛皮を持ってきてくれます。食べた後の骨はそまつにしてはいけませんし、とくに頭の骨はイナウでかざって大切にしなければなりません。そうした作法をカムイが教えたのです。
このお話に出てくる女の人は、両手と口のまわりに刺青をしている姿に描きました。刺青のことを、アイヌ語でシヌイェといいます。11~12歳くらいから少しずつ入れ始めて、結婚するまでに完成させます。これができたら、もう大人の仲間入りです。そして本当の刺青は絵や写真で見るよりずっときれいなのです。わたしのひいお婆さんは、自分からお願いして入れてもらったそうです。刺青をするのは痛いけれど、きっととびきり素敵なことだったのでしょう。みなさんにも、刺青をきれいだと感じてもらえればとてもうれしいです。

解説

この物語の主人公であるパナンペ、ペナンペが登場する物語は、北海道内の多くの地方で語り伝えられています。物語のジャンルとしては、節がつかずに語られていくウエペケレ、あるいはトゥイタクと呼ばれるものです。
パナンペとはアイヌ語で「川下の人」、ペナンペは「川上の人」という意味で、ストーリーとしては、パナンペが知恵を働かせて成功し、なにかの利益を得たことをペナンペがまねて失敗し、散々な目に遭うというという内容のものが多くみられます。
つまり、日本の昔話の「舌切りスズメ」や「こぶとりじいさん」などにもみられるような、いわゆる「よいおじいさん、わるいおじいさん」と似たストーリー仕立てになっています。しかし、地域によってはこの立場が逆転し、ペナンペのほうが成功者の場合もあります。
では、パナンペ、パナンペ話のひとつを紹介しましょう。このお話は北海道東部・十勝(とかち)地方で採録されたものです。

「上の人がいた。下の人がいた。ある日、下の人は林に行って木に登り、松ヤニを塗りながら降りてきて家に帰った。翌日見に行くとたくさんの鳥が松ヤニにくっついていたので、それを捕まえてたいそう儲かった。それを知った上の人がまねをして木に登りながら松ヤニを塗ったので、下りるときに松ヤニにくっついてしまい、動けなくなって死んでしまった。」
(『愛郷譚叢』より抄録)

また、このようなストーリーの他に、二人が冒険に行く話の最初の段階でペナンペがあっけなく死んでしまい、あとはずっとパナンペの話になっていくものもあります。
ところが、この絵本の物語では二人の仲が良く、最後には二人とも幸せに暮らすお話になっていますので、パナンペ、ペナンペ話のなかではちょっと変わったものといえるでしょう。
この物語は大きく二つのテーマからなっています。ひとつはなぜ動物の頭骨を祭るようになったのかをテーマにした起源話です。
そして、もうひとつはカムイを敬うことにより自然の恵みが与えられて豊かな暮らしを送ることができ、その結果、子孫が繁栄していくという内容をテーマとした教訓話にもなっています。
このように物事の起源や教訓、あるいは訓戒がテーマとなっている話は、ほかのウエペケレにもみられるものです。
パナンペ、ペナンペの物語は、知里真知保が著した『アイヌ民譚集』に十数話が掲載されていますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。

参考文献

  • 吉田 巌:1957 『愛郷譚叢』アイヌ古事風土記資料 帯広市教育委員会
  • 久保寺逸彦:1977 岩波新書『アイヌの文学』 岩波書店
  • 知里真志保:1981 岩波文庫『アイヌ民譚集』 岩波書店
  • 中川 裕:1997 平凡社ライブラリー『アイヌの物語世界』 平凡社