セプとオオカミのやくそく
作者のことば 広野洋(ひろのひろし)・沖菜子(おきなこ)
オオカミは、人を襲う怖い野生動物というイメージがありますが、「オンルプシカムイ(獲物をとるのが上手な神)と言い、自分がとった獲物を人間に分け与え、道に迷うと道案内をして、人間を助ける身近なカムイである。オオカミの姿は見えなくなったが、深山の位の高い神の座にしっかりと生きつづけ、遺伝子を保ち続けていると信じている」という山本のトウイタク(昔語り)を聞いて、感動と共にうれしくなり、オオカミに会いたいと思いました。いつの日かまた、姿を現せてくれることを願っています。
-語り手:山本 文利 氏 (67才)釧路市阿寒町在住-
アイヌ語を母語とする祖母・広野ハル氏と生活を共にし、幼少の頃から、言い伝え・昔話・神話等に触れるとともに、父・山本多助氏に連れられ、舞踊、儀式等に数多く参加した。18歳頃から、樺太アイヌをはじめとして各地の古老より、アイヌ語、口承文芸、狩猟・採集、歌舞、民具等、アイヌの生活文化全般に渡って聞き取りを行い、現在は伝承者として継承者の育成にあたっている。
解説
-語り継がれてきた想い-
唐突に『ウオーッと吠える動物はなんでしょうか?』と聞かれたら、どんな動物を想像するでしょうか……。アイヌ語は、“鳴き声”や“仕草”でそのまま動物や昆虫の名前にあてることがあります。『ウォーセカムイ(ウオーッと吠える神)』とはオオカミのことです。地方によっては、『オンルプシカムイ(狩りをする神)』『ユクコイキカムイ(鹿をとる神)』とも言われますが、ユカラ(英雄の叙事詩)の中では『ホロケウカムイ(大きい口の神)』と言われています。
北海道では、1879年の大雪による影響や、本州からの開拓者の移住によりエゾシカが激減しました。鹿を好むオオカミは餓死したり、やむなく家畜を襲って邪魔者にされ、餓えのためにばらまかれた毒入りの鹿肉さえも口にしてしまったそうです。1882年頃には、オオカミを殺すハンターへの高額な報奨金制度も手伝い、6~7年間で2,000頭とも3,000頭とも駆除・毒殺されたといわれており、絶滅に追い込まれました。
アイヌの人びとの神様への考え方では、カムイ(神様)はカムイの世界では人間と同じ姿で生活しています。人間の世界を訪れてくるとき、クマであればクマの毛皮、オオカミであればオオカミの毛皮を身にまとって、それぞれの姿となって現れるといわれています。人間の役にたってくれるものはカムイ(神様)である一方で、病気や災害、人間に不都合なことをするモノも、やはりカムイとされています。オオカミが登場するカムイユカラ(神謡)やユカラは少ないかもしれません。有名なものでは『鯨の肉をくわえていたオオカミに、人間の子供たちが祈りながら、その肉をほんの少し分けてほしいと懇願しますが、オオカミは拒否します。すると、肉をもとめた子供たちが、本当は神格の高いカムイの子供たちであったために呪文をかけられ、その呪文のとおりにつまらない死に方をしてしまうことになります。それで、息を引き取る前に「これからのオオカミの仲間達よ!けっして食べ物を惜しんではいけない」と言い遺しました。』という、旭川や十勝地方に伝承されてきたカムイユカラがあります。また、『彫り主が刀の鞘に精魂を込めて彫りあげたオオカミ神と夫婦の竜神が、憑神であることから戦いに加勢し、遂にその戦いに勝つことが出来た』という伝承もあります。
アイヌの人びとは、鹿を食べて満足し、仲間を集めるためにオオカミが吠えると、「カムイが呼んでいる!」と、荷縄を携え喜んで山に向かい、オオカミからお裾分けをしてもらうこともあったそうです。また、山で鹿を食べているオオカミに偶然出会うと、まるで鹿肉を譲ってくれるかのようにオオカミはその場を去ることもあったそうです。けれども、オオカミは野生の生き物です。空腹を満たされないうちに出会っとしたら……、いかがでしょう?自然界の摂理は、決して人間だけに都合良くはないのです。
現在ではオオカミの絶滅に伴い、生態系が崩れて鹿が増えすぎてしまい、ハンターによる駆除もされています。鹿や魚は『チエパッテカムイ(魚を授けてくれる神)』と『ユカッテカムイ(鹿を授けてくれる神)』が司っているのです。
この絵本の主人公であるセプは、オオカミが再び棲息できるように頑張ると約束します。子ども達にはよい環境を受け継いでもらいたいと誰もがお考えになるでしょう。カムイは怒りや過ちを夢で知らせるといわれています。カムイの警鐘に耳を傾けてはいかがでしょうか?果たしてカムイたちはどのような采配をなさるのか。その責任はこの絵本を読んでいただくすべての人の肩にもかかっています。どうか、皆さん、まだ子供には難しいからと絵本を閉じず、伝承を続けてきたアイヌの人びと、そしてセプの願いを、伝えていただけないでしょうか?絶滅に追い込まれたオオカミたちの魂に報いるためにも……。
絵本の中の料
| サヨ (中央) | : | 粥 | ||
| オハウ ( 右 ) | : | 山菜をベースとして、魚や肉などを入れた汁 | ||
| ラタシケプ( 左 ) | : | 山菜や豆類の煮物 | ||
| シト | : | 団子・餅(粟やオオウバユリの澱粉などの団子)
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参考・引用文献
- 大塚一美:1990『アイヌ民話全集1』神謡編1 北海道出版企画センター
- 杉村キナラブック・大塚一美・三好文夫・杉村京子:1969『キナラブック・ユーカラ 集』旭川叢書3 旭川市
- 日本放送協会編:1965『アイヌ伝統音楽』日本放送出版協会
- 北海道編:1989『新北海道史年表』北海道出版企画センター
- アイヌ文化保存対策協議会編:1969『アイヌ民族誌』第一法規出版株式会社
- 更科源蔵:1973『アイヌ文学の生活誌』NHKブックス177 日本放送出版協会
- 倉光秀明:1953『上川アイヌの熊まつり』アイヌ祭祀研究会
- 久保寺逸彦編著:1977『アイヌ叙事詩 神謡・聖伝の研究』岩波書店
- 知里真志保:1976『知里真志保著作集』別巻Ⅰ 分類アイヌ語辞典 植物編・動物編 平凡社