くまのしっぽがみじかくなったわけ

作者のことば 黒瀬久子(くろせひさこ)

このたびは、思いがけない賞をいただき、ありがとうございました。
北海道に生まれ育ちながら、なかなかアイヌ文化や歴史について知ることがありませんでしたが、この3年あまり、アイヌの方達にいろいろと教わることができました。
アイヌの世界は、本当に豊かで深いものがあります。その世界の片鱗を、少しでも伝えることができたら、嬉しく思います。
この絵本を制作するにあたり、ご協力をいただいた方々や、物語を提供していただいた杉村フサさんに感謝いたします。

解説

『くまのしっぽがみじかくなった訳』
-語り継いできた想い-

『アイヌ語を知っていますか』と尋ねられると、『いいえ』とお答えになるでしょうか。実は、北海道に住んでいる方はもちろん、北海道外に暮らしている方も、かなり多くの方が「アイヌ語」とは意識することなくアイヌ語を耳にしているのです。たとえば、ご存知の方も多いと思いますが、北海道の地名はそのほとんどがアイヌ語に由来しております。「札幌」「小樽」などは、もともとはアイヌ語で付けられた地名で、それぞれその土地の特徴を表すなど意味を持っているのです。
クマのことはアイヌ語で「キムンカムイ(山の神)」といわれ、アイヌ語名を全部で83種類も有しています。単純に考えてもクマは、それだけ尊く、おそろしく、ありがたくもある存在だといえるのかもしれません。近頃はクマがテリトリーを持って棲息するには残念ながら良い環境とはいえません。「どう猛な肉食獣」という印象を抱かれ、人間の食べ物の味を覚え、目撃情報が届くと即刻駆除の対象となります。本来クマは怪力はあるものの生活条件さえ整っているとそれほど気は荒くはなく、人間との棲み分けが出来ていました。ドングリやクルミ、ヤマブドウにコクワのような木の実やはちみつなどを好み、遡上するサケやマスなどを食していたのです。アイヌの人びとにクマにかかわる多くのことが伝承されていることから、真の共存が成立していたことが伺えるように思えます。
ウサギは日本の昔話しの「因幡の白うさぎ」や、「ウサギとカメ」でもご存知のように、見た目のかわいらしさとは違って、どちらかというと機転が利いてどこか憎めないヤンチャな印象を受けます。アイヌ語で、ウサギは「イセポ(イーッと鳴く小さいもの)」といわれておりますが、ほとんどカムイ(神様)の扱いをされていないようです。海岸へ行くと沖が荒れるのは「ウサギが跳ねるからだ」と忌み言葉で扱われ、畑だと作物を荒してしまうと悪口で呼ばれてきました。ウサギのことをカムイとする伝承に『昔な、鹿は今のウサギの足を持っていたのだとよ。それで雪の上をどこまでもポンコラ、ポンコラと走って歩けるんで、とても人間がとることができなかったんだとよ。それをうさぎが気の毒に思ってな、鹿をだまして、足を取り替えたんだとよ。鹿がだまされたと知って、焚き木の燃え尻をウサギにぶつけたんだと。それがうさぎの耳の先にあたって、今でも耳の端だけは黒いんだとよ。うさぎの毛の色が夏と冬に変わるのは、鹿をだまして、雪の上をどこでも走れる脚を手に入れたので、嬉しくて着物をひっくり返しに着たからだとよ。』とあります。アイヌの人びとは生活を助けてくれるもの、人間の力ではかなわないものをカムイとして敬い畏れ感謝しています。ウサギをカムイとするおじいさんの語り口調のあたたかさも手伝って、ウサギと鹿との脚を取り替える情景が目に浮かぶように思えます。そうして人間に鹿という恵みをもたらしてくれたウサギもやはり立派なカムイの仲間であるのです。同じおじいさんの伝承に『キムンカムイのことを、決して"熊"なんていうもんでないゾ。熊のことはカムイ(神様)って呼ぶんだ。カムイはどこにいても人間の言うことが聞こえていて、"熊"といった者をひどいめにあわすんだ。と教えてくれたエカシ(翁)は出かけるまえに「鉈を持っているから"熊"出ても大丈夫だ」と言ってしまったことにより、実際にクマに襲われて大けがをしたということであった。』これはどちらも、道東に伝わるお話しです。
アイヌの人々がその生活のほとんどを自然に依存していた頃、あえて意識しなくても見えてくる「モノ」を想像してみましょう。現在のような高層ビルも自動車もなくデパートもレストランやコンビニもない時代・・・夜が明けて、歩く道の草花は朝露に濡れ、人の気配に小動物が走り、子鳥たちは空を舞い、虫たちがうごめき、木洩れ陽のまばゆさは太古の記憶を映し出す。風はクモの巣を揺らし、生命の息吹のように枝先からポツリポツリと降り落ちる樹液が陽射しに輝きながら降る情景を目の当たりにする・・・それは心地よい音楽に鼓動が同調するかのような感動をともなうことでしょう。豊かな暮らしとは、便利なモノに溢れ飽食を楽しむことではなく、自らが生きていること、総べてがカムイの意志によって生かされているということを知ることから本当の倖せを感じるのではないでしょうか。
この絵本のタイトルにある「くまのしっぽがみじかくなったわけ」は登場するのはカムイウタラ(動物の神々)ですが、そのまま現代の人間社会に置き換えることができます。クマもウサギも時には人間にとって時に不都合なことをするでしょう。でも、それはそのまま、クマやウサギだけではなく他のあらゆるものに対して人間は不都合なことをしているのです。アイヌの人びとの考えるカムイの生命、大いなる自然の中にカムイの意志により生かされている(人間をも含む)生命の重さ、尊さは同じであるのです。
この絵本の元になっているお話しは、北海道の旭川市で有名なアイヌ文化伝承者である杉村キナラブックさんから、娘さんのフサさんが幼い頃から聞かせてもらっていたお話のひとつです。何度も何度も丁寧に聞かせてもらうと、道徳的なこと、生きていくための知恵、ものごとの起こりや英雄のお話を、まるで映画のスクリーンが目の前に広がっているように情景が浮かんでくるそうです。親から子供へと語られてきたことが、この絵本をとおして更に多くの子供達に広げられてゆきます。アイヌの人びとが語り継ぎ、託してきた大切な尊い想いを、この優しい色彩の絵本から感じ受けて下さいますよう祈ります。