やなぎのはのさかな
作者のことば 四宅智子(したくともこ)・鈴木隆一(すずきりゅういち)
受賞の知らせを電話に受けて、一瞬耳を疑ってしまった。
以前、図書館での幼児を対象とした絵本の読み聞かせで、子供達が眼を輝かせて、聞き見入る姿には、わたしにとっても共に得られる癒しと考えていて、励みともしていた。そこには、感動が生まれ、新たな知識が拡がる。もし、そうした絵本が自分自身によるものであったなら、意義は一層深いものとなろう。そんな他愛もないことからの応募であったが、資料調べ、絵本の書き込みに不安を感じる始末での受賞の連絡、驚きと同時に、また歓びも後から湧き出した。
アイヌの文化については、おおよそ門外漢でしかなかったわたしにとって、文献等の資料からは、感動の歴史として深くこころに刻み込まれた。日常の振る舞い、民具、調度品等々に於いて然りである。また、民話等はいずれもアイヌの人々にとって感謝の日々であり、慈しみのこころを育むもので、この絵本がわたしの素直な感動となって、子供達と共有できるならば、このうえない幸せと思える。
発行に際し、審査の諸先生はじめ、スタッフの方々には、ご繁多の中を浅学のわたしに多くの助言、指導を賜り感謝に耐えません。こころからお礼申し上げる次第です。有難うございました。
解説
『やなぎのはのさかな』に託されていること
『アイヌ語を知っていますか』と尋ねられると、『いいえ』とお答えになるでしょうか。実は、北海道に住んでいる方はもちろん、北海道外に暮らしている方も、かなり多くの方が「アイヌ語」とは意識することなくアイヌ語を耳にしているのです。たとえば、ご存知の方も多いと思いますが、北海道の地名はそのほとんどがアイヌ語に由来しております。「札幌」「小樽」などは、もともとはアイヌ語で付けられた地名で、それぞれの土地の特徴を表すなど意味を持っているのです。
この絵本のタイトルにある「やなぎのはのさかな」は、漢字では「柳葉魚」と書きますが、もともとはアイヌ語の「ススハム」からきていて、いま、私たちが秋の味覚として親しんでいます「シシャモ」のことです。「柳」はアイヌ語で「スス」、「葉」は「ハム」といい、「ススハム」が「シシャモ」になったのです。
この「シシャモ」を題材としたアイヌの人々の伝説が北海道各地に伝えられています。たとえば、北海道の鵡川町には次のような話が伝えられています。「天上界にはススランペッという川が流れていて、河原にはナガバヤナギばかりが群生しています。秋には、地上界の木々が紅葉し落葉するのと同じく、ヤナギも色づき落葉はするのですが、その葉は決して地上界に落ちることはありませんでした。ある年、どういうわけかヤナギの葉が地上界に落ちてしまい、地上界の木の葉とともに朽ち果てようとしているのです。それを見たカムイ(神)は、天上界のものがそのまま朽ち果ててしまってはもったいないからと生命を吹き込んだところ、それが柳葉魚となりました。」
この話では、朽ち果てようとしたヤナギの葉に生命を吹き込んだことにより柳葉魚が生まれています。
アイヌの人々は、シシャモやサケなどの魚は、天上界にいるチェパッテカムイ、あるいはチェプコロカムイと呼ばれる「魚を司る神」が地上界に降ろしてくれている、と考えています。
ところが、この絵本では、カンナカムイ(雷神)が飢餓で苦しんでいる人間にシシャモを授けています。雷については、その由来や在り方にまつわる伝説が多種多様に語り継がれております。シシャモにかかわることのひとつとしては、雷神の兄が天上界で大切にヤナギを育てていたことや、ヤナギの木を背骨として“人間”を創られたという伝説があることからも繋がりがあるのかも知れません。また、シシャモが産卵のために遡上するのは雪が降り始める11月頃ですが、その頃になるとシシャモルヤンベ(シシャモ時化)といって海が荒れたり、沖合いではシシャモの遡上を人間に知らせるかのようにシシャモカムイフム(シシャモの雷鳴)が鳴り響くのだそうです。
アイヌの人々がその生活のほとんどを自然に依存していた頃、あえて意識しなくても聞こえてくる「音」を想像してみましょう。現在のようなエンジン音も工事音もしていない頃には、動物の鳴き声、鳥のさえずり、風が木々のすき間を駆け抜ける音、飛ぶ虫の羽音、ぽつりぽつりと静かに降る雨音などがまるで息吹のように感じられ、人々の暮らしと密着していたのではないでしょうか。そういった日々のなかで雷鳴ともなると、天空をつんざき大地を揺るがし、そのうねりは総べてをのみこむ勢いで轟き渡ったことでしょう。雷は大変恐ろしいカムイなのです。絵本では、雷神の妹神は雲の上から人間界を見下ろし、アイヌの人々が飢餓で苦しんでいることを知ります。飢餓は感謝の気持ちを忘れたアイヌの人々への戒めである場合もあるのですが、ここでは、このコタン(村)に、神々がうっかりして恵みをもたらすことを忘れていたようで、妹神はなんとか助けようとします。こうして雷神の兄妹がコタンにシシャモを授けてくれることになったのです。
アイヌの人々は、常にカムイの恵みに感謝し、祈りを捧げるとともに、イナウ(御幣)やシト(団子)、お酒など神々がつくり出すことのできないものを捧げることで、神々の世界は潤い、またアイヌの世界も潤うと考えています。どちらか一方だけが潤うということはありえないのです。このようにアイヌの人々は人間の力ではどうすることも出来ない大いなる力である自然現象や、生きていくために恵みを与えてくれる動・植物をカムイと崇め畏敬の念を抱きます。同時に生きていくことを脅かされる疫病をも、やはりカムイと位置づけ畏れているのです。
現代のようにコンビニや年中無休のスーパーが身近にあると、便利であると言うことが“当たり前”のように感じてしまいがちです。そういった生活から、『やなぎのはのさかな』に語られている「生きていくための食べ物のない苦しい生活」を想像することは容易ではないのかもしれません。でも、私たちは日々、生きていくために多くの「生命」をもらっているのは確かなことなのです。肉も魚もパックにされ、棚に並べられていると「にんげんのため」みたいな傲慢な考え方をしてしまうかもしれません。
この絵本をご覧になって、雷は恐ろしいものだけではなく恵みをもたらしてくれたこと、シシャモの生まれた理由、感謝する気持ちや祈ることの大切さなど、ほんの少しでもアイヌの人々が伝えてきたことに触れてもらうことで、これからの未来を生きる子ども達が、すべてに「生命」があるということに目を向け、生命の尊さや、生かされていることの喜びを感じていただけたなら幸いです。
なお、この絵本は、安藤美紀夫氏の「柳の葉の魚」(『日本の伝説』17 北海道の伝説 角川書店 1977)をもとにしたものです。
参考文献
- 更科源蔵・更科光『コタン生物記』Ⅰ 樹木・雑草篇 法政大学出版局 1976
- 更科源蔵・更科光『コタン生物記』Ⅱ 野獣・海獣・魚族篇 法政大学出版局 1976
- 田村すず子「アイヌ語沙流方言辞典」草風館 1996
- 財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構編『川漁-サケ・ヤマメ・シシャモ-』アイヌ生活文化再現マニュアル 財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構 2005